Wednesday, November 05, 2003

symbol mark design

見たものは誰でも忘れる。でも、もう一度見たときに、「あ、あれだ」と判別できる(弁別性というブランド表現の基本)。さらに、シンボルが指し示すものとの経験を持つ(使ってみたりするブランド体験)と、シンボルに込められた意味が体験を通じてわかり(ブランド知識の共有)、見ているシンボルそのものがモノ化していくという感覚(ブランドの暗黙知レベルでの理解)に移っていく。そして、リフレクティブフロー状態が起こる。良いシンボルは全部こういった対話が成立する。

これらはロゴタイプやシンボルマークをデザインする時に強く意識すべきことだ。Napsterのシンボルは僕の内でこの対話が起こった。古くはSonyのWalkmanのロゴ(リファインされた今のW-dotも素晴らしい)もそうだった。また、Disneyのロゴもそうだし、Nikeのシンボルも、Yohji Yamamotoのシグニチャもそうだ。ネットで言えばNetscapeのロゴも対話が起こって自分の中に意味性を共有できたひとつの例として挙げられる。パブリック性の高いモノで言えばオリンピックのマークなども、まさにそういう内包された意味性を体験で共有できるものだ。逆に文字だけのロゴタイプのものは対話が起きにくいのでブランド知識共有には別の手段を講じる必要があるが、それはまた別の機会に書く。

というか、Napsterのシンボルマークについて書いたので、ついでにメモを残すつもりだったが、なんか書いているうちにいつもの信蔵塾っぽくなってしまったぞい。

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