Sunday, December 28, 2008

UPS delivery style


この映像はアメリカのどこにでもある普通の家の玄関の防犯カメラに映ったUPSのデリバリーの模様。ドライバーは箱を玄関に投げ込んで去っていく。投げ込まれたおばちゃんは「なんなのよ」と怒ってるっぽい。これを「ありえねー」で片付けるのは簡単なのだが、UPSは100年の歴史を誇り、今やただの宅配会社ではなく「世界最大のエクスプレス・キャリアー及び貨物配送会社であると同時に、特殊輸送・ロジスティックス・キャピタル・Eコマースのリーディング・カンパニーでもあります。毎日、当社では世界200以上の国と地域において、品物・資金・情報を運んで」いる巨大企業。

僕はこの映像を見ながら、強大なブランド価値がガラガラと崩れていくのを体感する。こういう事が起こるからこそ、ブランドっていうのは「双方向に「利益」を生む状態になって初めてブランド」だと僕は言ってる。これは彼の問題ではなくUPSのブランドマネジメントが引き起こしたと言ってもよい。彼をクビにして彼の上司を処分しても何も解決しない。つまりこの出来事は箱を投げたドライバーにとってUPSというブランドを背負うことが何も彼の利益に繋がっていない証拠だからだ。僕が言う「双方向」というのはまさにそこ。ブランド保持者と利用者という対極での双方向はもとより、ブランドに関わるすべての関係者を巻き込んだ蜘蛛の巣的な双方向を鑑みてこその「ブランド」。つまり経営そのものなわけ。UPSというブランドの総体が「大切にしたい」と思っていることが一方に存在し、それを体現し続けることが「ブランド」の使命なわけだけれど、運ぶという労働に対する直接対価に加えて、UPSを体現する喜びや誇りというインタンジブルアセットを理解できないままの彼に、ブランドを直接的に体現する「ドライバー」という役割を与えた結果がこれ。過去にも同じことが日本の企業で起こったことがある。

僕もこういうことが体感として心底から理解するまでには何十年もかかった。僕はデザイナーだからCIやBIやそのアプリケーション管理などの、表層的なことに捉われた時期もあった。だけど今は「双方向に利益を生む」状態を作り上げることこそブランドに関わる人間が目指すべきゴールであり、そこに至って初めてブランドマネジメントという手法を論じるべき(もちろん走りながらの軌道修正になるんだけれど)だと確信するに至っている。企業文化というものは、それを維持するのも、それを軌道修正するのも、本当に大変で筆舌に尽くしがたいものがある。しかし何よりもそこに働く人たちがまず最初に納得できることが何よりも重要である、という僕の確信には、20万人以上の社員を抱える巨大企業への取り組みも、虎屋のような伝統のブランドに関わっていることも多くの影響を与えているが、自分がbAという会社を経営した経験がその確信に大きな影響を与えたように思う。つまり、どこまでも自分ごとにする、ということだ。

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