Wednesday, February 06, 2013

SIGMA DP3 Merrill : Sample Gallery: 5

DP3 Merrillサンプルギャラリーの撮影メモも、今日で第五弾まで来ました。昨日は忙しくて、ここまで続けて来た通りに書くことが出来ませんでした。すみません。今日はDP3M-29番からです。

DP3M-29
これまで写真を公開するときは「gris」という名前を使ってきたのですが、実はそのグリィ(gris)という名前は一緒に暮らしているイタリアン・グレーハウンドの名前なのです。でも実名を出さなきゃダメ!と、DP1 Merrillのプロジェクトで一緒にカウボーイを撮影しに行ったポール・タッカーさんに強く言われたので、今回は自分の名前をサンプルギャラリーのクレジットに掲載しました。そんなわけで、ロケ先でワンコを見ると、東京にいるグリィのことを思い出して、つい撮ってしまうわけです(笑)。このワンコは、セイケさんと連日歩いていて、カタログの9Pの、衝撃的な光景(サイトではchapter2のヘッダの写真です)に出会う直前でした(このギャラリー解説とは別にセイケさんとの撮影記は、またブログに記したいと思ってます)。通りを歩いていると、ちょうど目の高さの窓にこの子が座っていました。しかし状況はとても暗く、立ち止まって撮ろうとしてもオートフォーカスが合わない!そんな中、なんとか撮りました。寄った写真もあるのですが、自分としてはこの引きの絵の、その暗さ(プラハの初冬は午後3時半には暗くなるのです)が窓に写った感じが気に入っています。

DP3M-30
この写真はトラムの席に座ったところから窓越しに撮っています。だからこの高さから撮れているわけですが、バスの座席に座って通りに立っている人を撮るとこんな感じの画角、と、そういう感じで見ていただければ、DP3 Merrillのレンズの距離感を掴んで頂けるでしょうか。決して望遠ではなく「中望遠」ですので、画角は狭いのですが、工夫すれば色々な絵を撮ることが可能です。絞りはF2.8開放です。メガネや手袋、ビニール袋などの質感がしっかりしているので立体感に違和感がありませんね。さて、この30番と手前のワンコの29番ですが、この2枚には、暗部にバンディング・ノイズが出ています。撮影を終えてからプラハで使った機材のファームウェアの具合をシグマさんに確かめて頂いたところ、このベータ機では、バンディング・ノイズ処理のところがチューンし切れていないとのこと。ですので発売される段階では劇的に改善されていると思って頂いてもいいかと思います。ちなみに、バンディング・ノイズとは、階調割れのことです。シグマのカメラでは、縦横に走る線のようなノイズのことを言います。これはセンサーの受光部が細かく方眼に切られており、そこの受光部分で発生している、本当に微弱な揺れが、そのまま増幅されて出てきてしまっているのです(と僕は理解しています)。シグマ以外のデジタルカメラに搭載されたセンサーは、すべてモノクロセンサーなので、光の強弱の部分で階調割れは起こりにくく、微弱な光を大幅に増幅してもノイズは発生しにくいわけです。でも色は調合して作っていますので、必ず「にじみ」が出る。まぁ、一長一短あるわけです。

DP3M-31
撮影中盤、セイケさんとトラムに乗って、街の西側に行ってみました。そうすると徐々に古い建物が少なくなり、団地が連なるエリアに入っていきました。まさに庶民の街という感じですが、どこか整然としていて冷たさを感じます。セイケさんも何かを感じたのか「ちょっと降りて歩いてみようか」と言われ、次の駅で降りたところ、なんとも形容しがたい東欧的モダニズムに出会いました。この写真の建物はまだシックな色なのですが、この建物の奥には、建物ごとに虹色にグラデーションになっているなど、かなり大規模な再開発があったことが伺えました。70年代初頭ぐらいの建築でしょうか。コンクリートとアルミとプラスチックとガラス。そこかしこに共産圏の香りがします。旧市街の「華麗なる百塔の街」と形容されるようなプラハから受ける郷愁とは別の、実際に人々が暮らす真実の姿の一端。この光景に触れたことで、僕は違った感覚が呼び起こされました。

DP3M-32
20番の説明にも書きましたが、観光地は別にして、庶民の街では、店先を彩るようなディスプレイがほとんどありません。もちろん無いわけではないのですが、工夫がないと言いますか、魅力的なプレゼンテーションが少ないのです。セイケさんも「パリの小粋さを求めてみてもプラハにはない。だから逆にモノを見る目を鋭くしなきゃならないところもあって、この街は集中力を求める」と仰ってました(巨匠らしいお言葉です)。確かにパリは(それが郊外であっても)、工夫を凝らした軒先に数多く出会えますし、写真に、そのエスプリを写し込むのも容易です。しかしプラハは違う。この街は、もっと足が地についた視線を求めて来る。そんな風にセイケさんの言葉を咀嚼しながら歩き続けました。そして出会ったのがこの黒板でした。お肉屋さんの店先です。勢いのある文字に惹きつけられました。まず、消しては書いた痕跡のある黒板にカメラを向けましたが、壁の色と窓枠の色とのコントラストも良く、それらを含めての構図にアタマを切り替えて撮りました。
●追記:コメント欄でmonoceros59さんが指摘してくださったように、赤い窓枠のところに羽虫が一匹とまってます。か細い足までしっかり描写していますね。

DP3M-33
どこに行っても、僕はこういう光景に出会うと萌えてしまいます(笑)。こういう偶然が生んだアブストラクトの読解が楽しいのです。過去、こういうので一番すごかったのはベネチアで、剥がして次を貼るのではなく、上に上にと糊を塗っては貼っていくので、その厚みとシワの寄り方に萌えまくりましたが、プラハのこれは、剥がし手と貼り手の妙な息づかいが感じられます。またこれは、すごくプラハらしいと感じました。多様なタイポグラフィ。またその重なり方も絶妙です。手描き風のクルマのイラストや、その上に踊っているように腰掛けた人の姿のような要素もいい味を出しています。また色も、他では見ない色彩感。さらにこの背景の壁から浮き出た長方形が絵画のキャンバスのようでもあります。そもそもこれは電気のヒューズのような配線部分のカバーなのです。それがいつしかキャンバスとなり、それを良しとしないこの建物の管理人が剥がす、というのが繰り返されている…。そんな光景を思い浮かべながら構図を決めて撮りました。これは絞りF3.5です。

DP3M-34
この写真は、サンプルギャラリー解説の第一弾で紹介した、DP3M-03番の馬の足をセイケさんが撮られているとき、隣に立っていたので、その馬の首の部分を撮ったものです。いまにも雨が降りそうな曇天でしたので、これも開放F2.8で撮っています。質感表現としては見て頂けるものにはなっているのでギャラリーに掲載しましたが、実はこれは馬を撮ろうとしたのではありません。目の前にある光景を「切り取る」という方向にアタマは動いていて、どちらかと言うと構図の中をコンポジション的に構成しようという意識が働いていたのだと思います。太い斜めの線(馬具)、右上に縦の線(たてがみ)、という具合に、構図の中を構成的にしようと、そういう感じです。でも、いま改めて見直すと、もっと絞って、寄れば良かったなと思います。構図としても左側が甘いですね。左半分の毛並みの流れも入れたいという欲が敗因ですね。もっと煩悩を滅してから撮れとセイケさんに言われそうです(滝汗)。

DP3M-35
これはプラハの中心部にある、ある建物の二階から、中庭ごしに回廊の向こう側を撮ったものです。この場所にはセイケさんと二度訪れました。この写真をサンプルギャラリーに載せたいと思ったのは、この見事な質感表現もあるのですが、回廊の奥の壁の上部のあたりの表現力を見て頂きたいというのが本音です。DP2 Merrillのプロジェクトでのモロッコの撮影でも「これはすごいなー」と感じたことなのですが、Merrillセンサーは徐々に暗くなっていく部分の描画力が他社のカメラに比べて圧倒的に高いのです。この写真で言えば窓の上から画面が切れるまでのあたりの描画です。モロッコの写真(DP2 Merrillのギャラリー12番の写真)の、左側の回廊の奥の光があまり届いていない暗いところあたりの描画です。つまり、そこは実際はとても暗いのです。でも前が明るいので、そこからの反射する光があって暗さが緩和されている。そういう緩やかなリフレクション。それが全体のバランスを崩さずに写真にしっかりと写る。この写真で言えば、向かって左の窓の上のあたりの質感描写は、全部そういう下から煽られた微妙な光だということがわかります。こういう「光の持つ方向性」のようなものを感じられるのがMerrillセンサーで撮った写真の魅力のひとつです。神々は細部に宿る。こうした微細なところの優れた描画。そしてその集合体としてのリアリティ。水面のようなものを撮っても、まさに!と、リアルに感じることが出来るのも、こういう「光の方向性を描き分ける能力」があるからではないでしょうか。

今日もなんとか7枚書けました。残すところ、あと7枚ですね。引き続き書いて行きたいと思います。

→ SIGMA DP3 Merrill : Sample Gallery: 6 へ


4 comments:

  1. 今回の解説、毎日楽しみに、また繰り返し読んでいます。今回の記事を読んで、自分が「作品」を撮影したことがないことと、写真の奥深さに今更ながら気付かされました。
    あと7枚の解説と、プラハでの体験談を楽しみにしております。失礼しました。

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    1. 信蔵です。読んでくださってありがとうございます。セイケさんの作品は本当にレベルの高いものです。そして、その作品作りに一緒に同行させて頂けたのはかけがえのない経験でした。作品を撮るんだという思いを持って写真に向かうことの、むずかしさと楽しさ。これはそこに一歩踏み込むと、本当に世界が変わって見えてきます。

      写真の解説というよりも、撮影記になってしまいがちですが、それは、そのセイケさんと一緒に過ごしているときの感じを、少しでもお伝えしたい、と思いからです。そこを汲んでくださったらうれしいです。ありがとうございます。

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  2. はじめまして。
    DP2,SD15,DP2Merrillと使っているので,Foveon X3の画力は知っていますが,作品論に踏み込んだエントリー大変興味深く拝見しています。

    DP3M-32,左上の赤い窓枠に虫がとまっていますね。
    冬のヨーロッパともなれば,飛び回ることはおろか,ほとんど動くこともままならないはず…日中の僅かな熱で生き延びても,夜にはどうなることか。長く風雪に耐えてきた建物,看板から感じられる人間の営み,そして一瞬ともいえる命。
    Foveonらしく細い触角や脚までしっかり解像しているのが儚さを一層かきたて,この虫をじっと見ていると,なんか泣けてきます。

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    1. monoceros59さん、コメント、ありがとうございます。ホントですね!虫がいる!気づいてませんでした。でも仰るように、必死で生きている。その儚さ。これは虫だけではなくプラハの街のいたるところで感じました。でも、それを普通にしている人々の強さと言うのでしょうか。お金はないけれど、貧しくない。国外に旅することに憧れているけれど、自分の街が一番好き。なんかそういう純粋さに幾度も出会った旅でした。

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