Friday, June 05, 2009

Sigma DP2: Catalog Shooting

アートディレクターという立場にある僕が、プロのフォトグラファーを使わず、カタログやWebサイトなど、DP2のコミュニケーションに使う写真を、なぜ自ら撮影しているのかについて、もう、会う人、会うひとから聞かれています(笑)。なので、もっと別のことを書こうと思っていたのですが、今日は、その疑問に先に答えちゃおうと思います。

結論を先に言うと、「機材としての未完成度合いが半端じゃない」という現実と、DP2の良さを伝えるには「プロを使わずに撮影した写真でなければならない」というコミュニケーションコンセプトを立てたことによります。それらについて書いてみます。

僕が、広告などの制作のために普段から撮影を依頼するプロのフォトグラファーたちは、プロとして当然のことなのですが、実際に撮影する時点で、いかに問題を起こさず、いかにスムーズに撮影を行うかに対して、常にとてもナーバスになります。これはスタジオで撮影を行う場合でも、ロケに出る撮影でも、まったく同じです。彼らは、普通なら起こらない不測の事態にも対応できるように万全の態勢を整えます。カメラマンが持つスタジオという場所は、言い換えれば、そういう「不測」への解決策が凝縮された場所です(貸しスタはそうではありません)し、ロケ地に乗り込む場合でも徹底した準備が普通です。

それはプロとして「撮れなかったでは済まされない」という責任感の裏返しでもあるので、アートディレクターとしては、その徹底した準備によって「そこは頼むね」で済ますことが出来る信頼に足る最低条件だったりします。おそらくそれらは、彼らが今日に至るまでに経てきた、数々の「自らの準備不足のために招いてしまった結果としての冷や汗、時には失敗、時には出入り禁止」に遭遇してきた「痛い経験」を元に組み立てられているようで(彼らは失敗の経験を語りたがらないんですけどね)あり、まさに言葉通りに万全を期するのが常識。中でも最も重要なのは、肝心のカメラとレンズとストロボの「機材管理」と、どのカットがどういう状況(露出や色温度)で撮影したかを記録し、現像段階で問題を起こさないようにするための「撮影管理」であり、彼らのアシスタントは、どんなにのどかなロケ地に来ても、常に眉をしかめて(笑)ミスがないように集中するのが普通です。

そういうプロのチームに、機材として「どんな問題が発生するのか使ってみないとわからないカメラ使ってね」の上に、「フルデジタルの環境を現地に持ち込んで、そのつど現像してみないと、どう撮れたのかわからないんだよね(さらにテザー環境はない)」というのが、僕が抱えている案件の現実なわけです。あまりにも不確実要素が多い、いや、多いというよりも、逆に確実な要素は皆無に近い(笑)、という状況に、彼らのようなプロのチームをアサインして、「でも、プロとして完璧な写真を撮ってね」という依頼は、かなり無茶な依頼以外のなにものでもないわけです。

もちろん彼らはプロですし、仲間ですから、「厳しいけど、やってよ」と強く頼めば、「うん、じゃぁ、やれるだけやってみるか」と引き受けて、一緒に暗中模索の撮影に取り組んではくれます。しかし、僕は、撮影を彼らに頼むか、自分で撮るか、悩みに悩み、そのどちらにするかを、最後の最後まで考えて、最終的に「自分で撮るしかないな」という判断に至りました。プロのフォトグラファーに「何が起こるかわからない機材を使え」というのが現実ですから、過去の経験から、彼らが抱えるストレスも予測できますし、実際に僕自身が、アートディレクターとして撮影現場に立ったとき、そこに発生するストレスの度合いを考えると「到底、頼めないな」と結論づけたわけです。

ベータ機を使うストレスは筆舌に尽くし難いものがあります。ものすごいです。現場で何度も胃がよじれるような緊張感を味わいますし、ホント、禿げそうになります(笑)。アートディレクターとして「こういう写真が撮りたい」という、カメラが持っている性能を最大化した写真のイメージも、実際の実機を動かしてみないと、それを実現できるのかどうか、その場になってみないとわからないわけです。事前準備を徹底する彼らの常識からすると、そんな曖昧さを残したままアートディレクションされたら、その場その場で臨機応変に対応していくところにも神経を使うことになるのは明白。さらに僕自身も、自分が抱えているストレスに加えて、彼らが抱えるストレスまで受け止めて、彼らの抱える不安をどこまで現場で解消できるだろうか…と考えると、もう全部、まるごと自分で背負っちゃえ、という感じで、かなりの覚悟は必要でしたが、自分で撮影することに決めました。

誤解のないように念のため記しておきますが、僕の手元にDP2の実機が届いたのは、ロケに出発する前日です。それは発売予定日までのスケジュールの逆算で決まります。詰めに詰めたギリギリの予定として、この日からこの日の間に撮影を行い、それらを使ってカタログを制作し、いついつに印刷出稿…、という予定を先に立て、ロケに使うためのDP2の実機は、それ用にシグマの会津工場で組み立てられ、ロケ出発直前までシグマ本社の技術部門でファームウェアのチューンナップが続けられたものが手渡されるわけです。

つまり「いまの時点で、これが最も製品版に近い実機です」というものを受け取った翌朝には、僕は機上にいるわけです。飛行機の中で操作系はひととおり身につけますが、もちろんその時点でマニュアルなんて存在しません。ですから僕もロケ地に到着してから初めて本格的にDP2を使い始めるわけです。そこからは、丸一日かけて、「アタマの中で想定していた絵」と、「実際に撮ってみるとこうなんだ」というギャップを順番に埋めていきます。「DP2の最も優れた部分が何なのか」は、シグマさんの一緒にコンセプトを詰めてきていますから、概念としてアタマには入っています。それを実際にどう撮れば表現できるのか、というところを検証していくわけです。画角や被写界深度のニュアンスを掴むには、やっぱり一日必要なんですね。そして、だいたいこう狙えばこういう感じの絵が撮れるんだなという感覚を、身体に覚えさせるのにもう一日使います。この段階では、色とか全然気にしていません。カメラとレンズが作る世界観を確かめることに費やします。そうした検証と操作系の慣れを大急ぎで行い、その後に、現地のコーディネーターと共にフルに動き始める、というような過ごし方をするわけです。その状況を「フォトグラファーとして肩代わりしてよ」と、仲間のプロの彼らに頼むのは「ちょっと酷すぎる」という状況なわけですね。

さらに、今回の撮影に使ったDP2のベータ版は、さまざまな挙動を最も高速化したという状態で受け取ったために、バッテリーの持ちが極端に短いという個体でした。フル充電したバッテリーを入れてもあっという間に電源が切れるわけです。実際にはバッテリーを完全に使い切っているわけではなく、あるレベルになると電源不足で自動的にカメラが終了する、という設定値が高かっただけ(その使い切ったバッテリーをDP1に入れると全然フル充電で何日も使えました)なのですが、とにかく手にしているDP2のベータ機はバッテリー1個で1時間ぐらいしか持たないわけです。これはもう撮影している立場からすると、「ありえねー!」っていう状況です。毎晩、15個のバッテリーを確実に充電し終わるまで寝ないで翌日に備え、かつ、充電器を二台ロケバスに積んで、撮影場所の近くにコンセントがないかを、常に探して充電し続けました。撮影中は常に右ポケットにバッテリーを5個ぐらい入れています。構図を決めている最中でも、突然「ぷちゅーん」と切れちゃうので、即座に底面を開けてバッテリーを入れ替え、使い切ったものは左ポケットに入れ換えていくっていう感じです。さらに、そうして切れてしまうと、設定値が全部デフォルトに戻ってしまうというバグもあり、非常に強いストレスを抱えながら、被写体に向かって行くわけです。

話が長くなりましたが、そんな風に悩んだ末、彼らには頼まず、今回も自分で撮ると腹を決めて、雨季のインドネシアを駆け回りました。

もうひとつ、広告を撮影しているプロのフォトグラファーをキャスティングせず、自分で撮ろうと決めた理由の、最も決定的な要因は、「ユーザーと同じ状況で撮る」と決めたことです。つまり、「最終的に製品として発売されたあと、このカメラを使うユーザーと、まったく同じ状況で写真を撮らなければならない。写真にギミックがあってはいけない。コミュニケーションに不信感を抱かれるような写真の作り方は絶対にやってはいけない」というものです。

インドネシアでの撮影も、現地のコーディネーター(今回は「課長・島耕作」のロケを段取りしたスタッフが頑張ってくれました)が、「え!それだけデスカー!」と驚かれました。彼らからすれば、ありえない撮影隊です。普通なら存在する複数のジュラルミンケースも、ハンギングされた衣装もありません。機材はDP2と三脚だけ。ヘアメイクも衣装も一切入れていません。細々したことを担いながら僕を助けてくれるスタッフはいますが、僕は片手にDP2を持っているだけですから、撮影コーディネーターからすれば、普通のツーリストのオッサンにしか見えません。レフ版も一切使わず、現場での光の補正なども一切行いませんでした。すべて「そこにあるがまま」で撮影すること。それをミッションとして撮影しました。

さらに実際にカタログに使用した写真は、RAWデータを専用現像ソフトであるPhoto Pro 3.5で現像した以外、一切手を入れていません。コントラストやシャープネスもPhoto Pro 3.5だけで調整。すべて等倍Tiffデータで書き出し(見開きページは倍サイズ)。そのままCMYKに変換して印刷しています。Photoshopでのレタッチやシャープネス補正は一切していません。同時に、発売前にサンプルギャラリーを公開し、DP2で撮影した見本を見て頂けるように準備しました。さらに発売後は、そのまま使っているということを証明できるように、カタログで使用した写真を、僕のFlickrのサイト上で等倍サイスで公開し、さらに現像パラメータがわかるように、Exifも含め、すべてを見て頂けるようにしました。

つまり、サンプルギャラリーや、カタログに印刷する写真は、広告的に謳っていることを強調するために後処理で手が入れられた写真ではなく、実際に発売後のDP2を手にした方々が撮影される状況と、まったく同じ状況で撮影しなければウソになってしまう。だからこそ、現地のコーディネーターが「観光客っぽいっすね」と呟いたままの撮り方で撮影する、というスタイルこそが重要、という意識で撮影を行いました。正直、アートディレクターという立場からはプロに頼みたかったです(笑)。でも、シグマのブランドディレクターという立場、そしてDP2のクリエイティブディレクターという立場からDP2というカメラのコミュニケーションを考えたとき、逆に「プロ臭さ」を排除するべきだと考えたわけです。そしてこれはシグマ社の持つ「誠実さ」の具現化でもありました。

色々困難もあったわけですが、自分が取り組んだ結果として、沢山の方々から「カタログの写真を見て買うのを決めました」とか、「あんな写真が撮れるならと思って購入しました」といったメールやflickrへのコメントを頂けたことをうれしく思っています。すべてはシグマ社をはじめ、数多くの方々の心強いサポートのおかげでした。ありがとうございました。

7 comments:

  1. DP2を検索して、こちらへ参りました。
    私も、カタログに掲載されている写真を拝見して、購入を決めた一人です。 その写真の撮影にも、こんなご苦労があったのだなと本エントリを拝読いたしました。
    DP2は愛すべきカメラになりつつあります。
    これからも貴ブログを拝読させていただきます。

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  2. really cool.. i took 4 catalogs in yodobashi camera.
    you are really good!

    honored to have you in my group

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  3. ちさとさん、Mijonjuさん、ありがとうございます。仕事ですから「苦労」じゃなくて「困難」と書くべきでしたね(反省)。僕もDP2は大好きです。打ち合わせなどで渋谷や青山など、普段から見慣れた街を歩いていても「DP2の画角だったら、こう狙ったら撮れるかな」とか、「この造形に光と影が入ると絵になるな」とか、その場にDP2を持っていなくても、目がそういう感じに働いたりして(笑)。写真って楽しいですねー。

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  4. 僕達が考えるよりも遥かに大変だったんですね。
    う〜ん、やっぱり、凄いです!Shinzoさん&SIGMAは!! 
    僕はやっとDP2に慣れてきた気がします。
    DP2を持って街に出るのは最高です〜!!

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  5. DP2の購入は福井さんの写真が決め手になりました。買ってからは毎日持ち歩き撮影枚数も2000枚を超えようとしています。DP2はそのサイズからも画角からも、普段の生活で目にする、普通の風景を切り取るものだと思っています。そして、その普通の風景がいかに魅力的なものかを再発見させてくれるカメラだと、現像するたびに思います。素晴らしいカメラを届けてくださってありがとうございました。

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  6. Anonymousさん、ありがたいお言葉です。おっしゃるとおり「その普通の風景がいかに魅力的なものか」は、僕もDP1とDP2を使うことで、日々新たな発見があります。「それらしい写真」というものを撮ることよりも、目に見えているものをちゃんと認識させてくれることによる満足感や面白さは、他のカメラでは中々得られませんね。ありがとうございます。

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  7. SHINZO先生

    私も、この記事の一番最後の女の子の写真を見て、描写の切れ味とボケ具合でDP2購入を決めました。

    DP2のFoveonセンサーの威力は、文章では理解していましたが、購入して実際に撮影し、その美しさに驚きました。一眼レフでもノイズリダクションのせいか、拡大表示すると荒くなるものですが、DP2は拡大して見て初めてその凄さを痛感しました。それぞれの画素が、相互補完せずにRGBの光を受け止めているからこその色合いなのだなと思いました。

    購入後しばらくしてこちらのブログを検索エンジンで発見し、先生が写真も撮られていたことに驚きました。

    開発途中のお話など、なかなか普通の企業ではOKが出なかったりするのではと思っています。良い面も悪い面も全て公開してしまおうというシグマの姿勢には好感を持ちました。

    長く使える唯一無二のカメラをありがとうございます。

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